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05.14
Wed
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ぴろりんと永遠の別れ

ぴろりんとの出会い

ぴろりんの日常

ビビリーオウム

悲しい過去

ぴろりんの病気

突然の別れ
    



臆病なぴろりんを、たったひとりで旅出たせてしまった事・・・


さみしかっただろう・・・・・と


今でも思い出すと申し訳ない気持ちでいっぱいになります。



そんな後悔もあってか


ピロりんが息絶えてもその現実を認めることができませんでした。




どうしてもケージを片づける事が出来ず

一ヶ月間毎日ご飯とお水を取り替え

寝るときはお休みカバーをしていました。



でもそこに、家主はいません。



ケージの隙間に挟んだミカンがなくなっていたら

あーピロりんが食べに来たんだぁ。。。と、一瞬うれしくなりましたが

当然のごとく、ミカンはケージの床に落ちていました。





なかなかケージを片づけられず、不安定な精神状態が続きました。



でも空っぽのケージをいつまでも置いておくことは

不自然だという事も頭の中では理解していました。





そこで、いつも父の命日に来てもらっているお坊さんに電話して

お葬式をしてもらうことにしました。




一か月経ってしまったけれど、これで気持ちの整理をしておくりだそうと・・



これで本当にけじめをつけよう・・・



そして



ケージを片づけよう!と心にきめました。



お坊さんを見た瞬間から涙が出てきて

お葬式の間中も写真を見ながら涙がとまりませんでしたが

きちんと送るのも飼い主の務めだと思い


自分の中でけじめをつけなければ、ぴろりんもきっと困る・・と・・・




私だけの、たったひとりのお葬式でしたが

お経を唱えてもらい、ご焼香をしました。


DSC01966-1.gif




そして戒名をつけました。



一度もかじる事もなく温厚で優しい性格だったので

”優” という字と元々の名前、”白” という二文字をとって

優白 (ゆうはく) とつけました。

DSC01967.gif


そしてぴろりんに、いっぱいいっぱいお礼を言いました。



お坊さんがいうには、うちのご先祖様の戒名の紙に書いてもらえれば、

毎月いっしょにお経をあげますよ。と言ってくれました。

命に人間も動物もありません・・と。







そしてケージを片づけました。




ケージを片づけると、その場所はとってもひろく感じました。



ピロリンが他界して、

そして、その事実を受け止めて気付いた事がありました。




これまで、私がピロリンを見ていたと思っていたのですが

ピロリンが私を見てくれていたのだと思いました。


居間でなにげにぴろりんを見ると、ぴろりんも私を見てくれていました。

台所からふり返ると、いつもピロリンがこっちを見ていました。




いつもいつも、私を見ていてくれていたのだと。




見守ってくれていたのだと・・・・・





ブログタイトル 「オウムとヨウム」

オウムのぴろりんと、ヨウムのヨータン。


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このブログは、ぴろりんだけでもヨータンだけでも

やっていなかったと思います。


ツートップの片方が欠けてしまった今

当ブログは、この記事をもちまして閉鎖させて頂こうと思います。




(閉鎖といっても削除はいたしません。

過去の記事でもお役に立つ事があればうれしいです)




これまで当ブログに遊びに来て下さった方。

コメントを下さった方。

アドバイスを下さった方。

応援のポチをして下さった方。


本当にありがとうございます。


そしてたくさんお勉強させて頂きました事、心より感謝いたします。






それと主役の片割れ、ヨータンは元気です。

うるさいぐらい、おしゃべりに情熱を燃やしています。


ヨータンのご飯を用意していると、「ヨータンごはんだよぉ!」 と

お水を変えようとしたら、「お水貸してぇ!」

夕方になると必ず、「カーテン閉めるよぉ」 と

カーテンを閉めるまで言い続けます。

鍵とバッグを持って居間のドアーを開ける時は必ず

「行ってくるからねぇ!」と言い、

家に帰ってきた時は「帰ってきたよぉ!」 と


いつも私がヨータンに言っている言葉をそのまんまコピーして

私より先に得意げに言ってます。

私が先に言うといじけます。


ヨータンの好物のグリンピースが欲しい時は

「こんこん」 と言って催促します。

食べたあとは、「おいしいねぇ!」

としみじみ言ってます。


まるで小さい子供のようです。

ヨータンもまた、私を見てくれています。

DSC02278-333.gif


ただぴろりんがいない事を不思議に思っています。

さみしがっています。

ピロコちゃ~ん、ピロコちゃ~ん、と

ケージのあった方を見ながらよく呼んでいます。









今回、記事を書きながらいろいろな事を思い出し

毎回大泣きをしながら・・・ブログを書きました。


泣きながら記事を書いては、いったんやめて違う事をし

また少し書いては涙があふれて一旦休み・・・を繰り返し


精神的に不安定にもなって、途中でくじけそうになり

更新を断念しようかと思う事も何度もありました。



でもぴろりんを弔うために・・・



ぴろりんとの思い出をいつまでも大切にしたい・・・と思い

過去と向き合いました。




そして皆様にご報告する事によって、現実をしっかり受け止め

前を向いていけるのでは?と思い

たとえ時間がかかっても最後まで記事を書こうと思いました。



ぴろりんと突然別れる事になってしまい

何もやる気の起きなかった半年前を思えば

記事を書けるようになるまで立ち直ってきました。



それに住む世界は違えど、ぴろりんと私はいつも一緒です。







インドネシアで暮らしていたなら、もっと長生きをしたのだろうと思いました。




家族やお友達と楽しく暮らせたのだろうと思いました。




優しい、いいーお母さんになっていたのだろうと思いました。


卵が産まれると、片時も離れず大事そうに温めて

卵にキスをしていた姿を見る度に・・・そう思っていました。






鳥の中では大型鳥というカテゴリに称されていますが

人間からみると足元程度の小さい鳥です。



小さな体で・・・



運命に翻弄され・・・



見知らぬ土地・見知らぬ場所・見知らぬ人の中

恐怖や不安と闘いながら

一生懸命生きてきたぴろりんの気持ちを思い・・・・・




時に怯え・・・・時に強い意志をみせながら・・・・

頑張った生きてきたオウムがいた事を

一人でも多くの方に知って頂きたく

拙い文章ですが、記事にさせていただきました。






私がぴろりんと暮らせたのは、わずか10年でした。

短い期間でしたが、たくさんの愛と思い出をくれました。



ぴろりんが、うちの子になってくれて本当によかった。



ぴろりんと出合い、一緒に暮らせた事をとても幸せに思っています。


感謝の気もちでいっぱいです。


本当にやさしくて・・・

かわいいかわいい天使でした。




臆病な性格だったので、アウトドアーで遊ぶこともありませんでした。

アクティブな性格ではないので、普段家の中でも

もぐってるとき以外は、のーんびりくつろいでいる事が多かったです。


おしゃべりも芸も何もしません。

外では震え、家ではワガママ。完璧な内弁慶です。


でもそんなぴろりんがたまらなくかわいかったです。


私にとって、最高のオウムでした。






壁や鴨居を齧られて、おいおい・・って思った事もありましたが

唯一、ぴろりんがうちで暮らしてくれた事の証です。

今となっては、その傷さえも愛おしく感じます。









 


優白 (ゆうはく)


俗名  ぴろりんこと、白 


タイハクオウム





2013年 11月 8日   昇天




この場をお借りして、ご報告申し上げます。 







ぴろりんが、天の国でふるさとの家族と再会し

震えることなく穏やかに過ごしていけるよう

お祈りしていただけたら、幸いです。
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天まで届け!











  
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オウムとヨウム  

                                キャサリン・ビアベリー

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comment 5
05.10
Sat
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ぴろりんと永遠の別れ

ぴろりんとの出会い

ぴろりんの日常

ビビリーオウム

悲しい過去

ぴろりんの病気
    





腹水と診断されて1年たったくらいから

暮らしそのものは、さほど変わりないものの

ご飯を食べる量はこれまでより減ってきていました。



先生が仰るには、どこかが痛くてつらいというのではなく

だるいのだそうです。



それでも前の日はあまり食べなくても、次の日はたくさん食べたり

絶叫して水浴びの催促をしたりと

病気である事を忘れてしまうくらい元気な事も多々ありました。



水浴びは体力を消耗するのだろう・・と

催促があるたびに、どうしよう??・・・と悩みましたが


ご飯をいっぱい食べた日にのみ、水浴びをしました。

ヒマワリの殻や、ペレットの減り具合を

新聞に広げて確認しました。



水浴びの最中、

いつものように羽を大きく広げ

歓喜の雄たけびをあげている姿を見ると

「これでよかったんだ!」 と・・・

都合良く自分で納得していました。







そして






生涯忘れる事の出来ない・・・・

その日は突然やってきました。




朝、いつものように

「ぴろりーん、おはよー!」 と言いながら


お休みカバーを開けると、ピロリンは落鳥していました。




体中の力が一気に抜けました。




当然涙など出てきません。


とっさに前日の様子を思い出しました。



今考えると、もう・・思い出したところで

どうにもなるものではないのに

心のどこかで目の前の現実を信じていなかったのだと思います。



認めていなかったのだと思います。




一生懸命・・・・一生懸命・・・・

前日の朝から、寝るまでの事を思い出していました。


ご飯は割と食べていました。

3日前にしたばかりだったので、前日は水浴びもしていません。



普段より食べていたとはいえ、昔に比べると

けっしてたくさん食べていたわけではないので

いつものように早く寝かせました。



夜中に、室内は何度かな?と(北海道の11月はかなり寒いので)

様子を見に行った時は、ガサガサと音がしていて

いつもと変わりはありませんでした。



卵をあたためている時もそうですが

ぴろりんは昔から、もぐって寝る事もけっこうあったので、

あ~今日は床にいるんだな!と思いました。





鳥は、天敵からいつ襲われるかもしれないという恐怖心から

具合の悪いそぶりは見せないといいます。


だからと言ってぴろりん・・・

私にも具合の悪いそぶりは見せなかったの?

ほんとは、つらかったの?




いつもと変わらぬ様子だったと思ってはいるのですが

何かサインがあったのかもしれません。


ですが私は、それに気付いてあげる事は出来ませんでした。


もしかしたら・・・・本当はつらかったのに

それを悟られないようにしていたのなら


私はそれを見抜く事は出来ませんでした。





もぐるのが趣味のぴろりんだったので

これまでもあまりに静かにもぐってると心配になって

様子伺いのためぴろりーん!と呼ぶと

いつもくちばしで2,3回パクパクってするか

新聞でガサガサと音を出して

いるよぉ!大丈夫だよぉ!!と必ず合図してくれていました。

その日もいつもと同じように合図をしてくれました。



最後の力を振り絞って、ガサガサと音を出し

安心させてくれたのだろうか?





まさか、それが最後の合図になるなんて

その時は考えもしませんでした。




前日夜、これまでほとんど食べた事のなかったリンゴを

シャリっ、シャリっといい音で食べていました。


それが私のみたピロリンの最後の食事になりました。



そうしてしばらく時間が経ってから、ビビリーのぴろりんを

たった一人で逝かせてしまった事に

さみしかっただろう・・

不安だっただろう・・と

今さら後悔しても始まらないのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになり

涙があふれて止まりませんでした。


本当にバカ親です。ダメ飼い主です。




続く


飼い主はバカですが、ぴろりんは可愛い子でした。やさしい子でした。
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05.06
Tue
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ぴろりんと永遠の別れ

ぴろりんとの出会い

ぴろりんの日常

ビビリーオウム

悲しい過去
    






家ではモグラ生活を満喫していますが、

基本、臆病なぴろりん。



時間をかけてやっと仲良しになって

お互いマイペースでマッタリ暮らしていました。




そんなぴろりんに異変がありました。

2012年 8月


ぴろりんのお腹が膨らんでいました。


年に何回も卵を産んでいたので、またかな?と思っていましたが、

生まれていいはずの卵が生まれていません。

卵詰まりかもしれない!・・・と、


あわてて病院へ行きました。



診断の結果は、

卵詰まりではなく、お腹に水がたまっているとの事でした。


よく卵を産む鳥と高齢な鳥がかかりやすい病気だと言われました。



ピロりんは、そのどちらにも当てはまっていたようでした。



今回ピロりんを治療してくださった先生は、初診の時

ぴろりんを見るや否や、この子は結構年ですねと言っていました。




とりあえず食欲もあり、普段の様子も変わりないので、

ごはんさえ食べているのであれば、

水が溜まったら抜きに来てくださいと言われ

お腹が膨らんできたら、水を抜き注射をしてもらっていました。






ビビリーのぴろりんにとって通院は苦痛以外の何物でもありません。

治療以前の問題です。


ビビリーゆえに、待合室が怖くて怖くて仕方ないのです。


周りが見えないように、タオルケットでケージを覆わないと震えがとまりません

DSC_0067-kk[1]


それでもいろいろな人に声をかけられたり、
ワンちゃん、ネコちゃんが通ります。
その度に、こんな感じです。

DSC_0077[1]

違う病気になってしまうんじゃないかと心配になるほどでした。



そして、ぴろりんの病気の事を自分なりに調べてみました。




MAH07969(1)-ff[1]


腹水の場合はいかなる場合も末期の場合が多いと書かれていました。



末期・・・・



この2文字を目にした時、一瞬、何が何だかわかりませんでした。



えっ?

うそだ!うそだっ!

本は大げさに書いているんだ!!

と、到底受け入れる事など出来ませんでした。


でも一方で


この事は頭の片隅に留めておかなければならないのだろう・・・

とも思いました。


信じない・・・でも受け止めなければならないのか?

信じたくない、信じるもんかっ。

見なければ良かった!

知らなければ良かった!

いや、やっぱり知っておかなければいけないんだ・・・


と相反する思いが交錯しました。





でもやはり信じたくないので、敢えて先生に聞きませんでした。



聞けませんでした。



本当に普段は元気で、

水浴びの催促の絶叫をしたり

大好きなミカンや葉っぱをバクバク食べて

これまでどおりの暮らしぶりでした。


お水を抜き注射する事と様子を見ることしか治療法がありません。



続く。


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05.02
Fri
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ぴろりんと永遠の別れ

ぴろりんとの出会い

ぴろりんの日常

ビビリーオウム
    




ペット屋さんから二つ聞いたうちのもう一つの情報は、



「この仔は、インドネシアから来たんだよ。」



という事でした。



ピロりんは、ブリーダーの元で生まれた仔ではありません。



インドネシアのモルッカ島出身の野生のオウムです。



つまりは、



現地の人に捕まえられて、

個人で取引され日本に来た可能性が極めて高いという事です。




モルッカ島ではタイハクオウムを一羽捕まえると

家族が何年も仕事をせずに暮らしていけたようで

一時期タイハクオウムは絶滅に近い状態になったそうです。




タイハクオウムに限った事ではありませんが

いろいろな鳥類・哺乳類・爬虫類等が金銭目的のために、

ペット、食用、また象牙やべっ甲、毛皮などさまざまな製品加工を目的に

乱獲され、犠牲になってきました。




ぴろりんも、そんな取引のターゲットになってしまったかもしれません。


(現在はワシントン条約でそのような事はありません。

 国際取引は、厳しく規制されています)







本来であれば群れで暮らす鳥なのに、

突然網か何かにかけられて捕獲され、

家族や仲間から無理やりひき離されて


そしていろいろな乗り物で運ばれて

はるばる日本へ来たという事になります。

そしてさらに、北海道へと・・・。





今でこそ数種類の鳥を除いてワシントン条約で

(付属書Ⅰ~Ⅲにより内容は違います)

許可証か証明書が必要で、輸出・入の規約が厳しくなりましたが、



海賊船の乗組員の肩にオウムが乗っているという話は

まんざら嘘ではないようです。





モルッカ島から来たという事は、

ブリーダーさんの元で孵化した鳥ではありません。

人間にナデナデしてもらったり、

やさしく声をかけられながら挿し餌をしてもらって

育ったわけではありません。





人間に対して、いいイメージなど抱いていないと思います。



怖い記憶しか残っていないのだろうと思います。



鳥クラスタさんはご存じの事と思いますが、

鳥は、一度でも嫌な事をされると

その人の事は忘れないといいます。

その人には、よりつかなくなります。


(鳥の種類や、性格もありますが・・・)




ぴろりんにとっては、

人間=ひどい事をする

と焼き付いてしまったのかもしれません。



どういう経緯で前の飼い主さんのお宅で

暮らすようになったのかはわかりません。

何才の時まで野生で暮らしていたのかもわかりませんが

ある日突然、住む世界が変わってしまったのです。




人間どころかワンちゃん、ネコちゃん、すべてに震えていました。

ペットショップにいる鳥にすら怯えました。


私が初めてぴろりんに出会った時のように、

ケージにしがみつき震えていました。

ヒナヒナの自分より小さいヨータンを初めて見た日も冠マックスでした。





たった一人の知らない人でも怖いのに、

知らない人がいっぱい居たかもしれません。

突然何かに覆われて、暗闇だったかもしれません。



怖くて怖くて仕方なかったと思います。

相当のダメージがあったと思います。




性格は個体差ですので、一概にはいえないとは思いますが、

尋常ではない怯え方を見るたびに、

フラッシュバックが起きているのではないかと思うほどでした。



ずーっと心の傷、トラウマがあったのではないかと思います



結局いつまでたっても、

臆病で小心な性格は変わる事はありませんでした。



続く。


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04.25
Fri
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ぴろりんと永遠の別れ

ぴろりんとの出会い

ぴろりんの日常
    






放鳥すると、まとわりついてきてはパジャマやソックスを

ボロボロにされました。




まったりとくつろいでいる時のぴろりんは、

飼い主の私が言うのもなんなんですが、

本当にかわいかったです。

親ばか、バカ親ですみません。

( もうぴろりんの親バカの記事を書く事もないので、ご了承ください )


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徐々に慣れてきた頃に恐る恐る試しに

霧吹きでシュッ、シュッした時は

ビックリしたのか、最初はちょっと怖がっていましたが

めげずに再度した時は、羽を広げて大喜び。


催促するほど水浴び好きになりました。


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なぜかドライヤーの時のみ、歓喜の雄たけびをあげます。 

普段の雄叫びとは違い、声がかすれるのです。


34秒くらいから、雄叫びスイッチ入ります。


  




そしてピロりんといえばビビりーです。

しかも半端ないです。


飼い主以外が視界に入ると、その人の姿がなくなるまで

震えっぱなしです。

ドアホンのピンポンがなるだけで、


「誰かが家に入って来るかもっ!」

と思って、冠がたち震えが始まります。

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多少の音や振動にはビクともしませんが

始めてみるものは、必ず冠がたちます。

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このパロットスタンドに止まれるようになるまで、1か月以上かかりました。

知らない人なんて見ると、ブルブル震えだします。





ちょっと席をはずして私の姿が見えないと、大パニックです。

よく会う人にでも駄目です。


玄関にお見送りして帰ったのがわかるまで、震えは止まりません。





タイハクオウムをお迎えしたら、いっしょにお散歩したいなぁ!

なんて思っていましたが、これまでのぴろりんを見て

絶対無理だと思いました。



それでもぴろりんと仲良しになって大分経った頃

一度バンガローにお泊まりチャレンジしてみました。

お天気も良かったので、日光浴をさせたいのだけれど

いろんな人が通るし、わんちゃんもお散歩。

普段は遠いところで鳴いているカラスも、すぐ近くで鳴いています。

ピロリンにとっては戦場のようなもの・・・


私はケージの前に貼りついたままどこにも行けませんでした。

トイレとか席を外すたびに、ケージをバンガローに戻さなけばなりません。


私もピロリンも、全くくつろぐどころではありませんでした。


それが最初で最後のアウトドアーです。

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 ↑  ↑
ひいています。


親戚に不幸があり、急きょあずけなければならなかった時の画像です。

DSC02944-5[1]
 ↑  ↑
これものけぞってます。
ひきつってます。


本当に臆病で・・・ビビリーで・・・



本に書いていた人間大好き・・・

人懐っこい・・・なんて事は、

ぴろりんには、当てはまりませんでした。




この事と関係しているかどうかわかりませんが


ぴろりんをお迎えする時、

ペット屋さんから聞いたぴろりんについての情報は

10歳くらいらしいよ・・という事はこれまでも書きましたが、

実はもうひとつ聞いていた事がありました。


これは今まで、HPやブログにも書いておりません。


続く。


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